彷徨える舌/すべての学問の

『自らの専門に捕われて、新しいことをまたはじめから学び直す、ってことは人によっては随分と辛いことらしいね。
その分野で優秀な成果をあげてきた人ほど、みっともない初心者にはもうなれない。プライドが邪魔をする、というよりも、
力を求めるのは人のサガだからね。初心者には力がない。


おれは違う。


なぜならば、おれが学んだのは物理学であり、そして、「学問は全て物理」なんだ。
故に。物理学を学んだものは、あらゆる分野で学び直すことが論理的に可能なのさ。
これこそ、物理学だけが持つ根源的な力なのさ。


え、じゃあなぜ仕事の愚痴ばかりするのか、だって?いや、そりゃあ毎週のように休日出勤していりゃあ、いやいや、おれにとって仕事は趣味じゃないよ、辛いことも苦しいこともあるよ、だ、だいいち仕事が趣味なんてまるでワーカーホリックじゃないか、おれは酒と芸術と科学、美しいものを愛する男さ、ぜんぜんそんな風に見えない?君に見えている駄目亭主のその姿は、仮の姿であって‥』


美しい妻は心底あきれているのだった。